俺の哲学

20代の全力の軌跡

Hunter×Hunterが僕に教えてくれた生きる意味とは。

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Hunter×Hunterが僕に教えてくれた生きる意味とは。

 

なんかこの絵だけ見ると 腐女子感 が満載ですが僕は男です。ええ。

 

僕がHunter×Hunterに出会ったのは十二指腸潰瘍で入院していたころです。

 

地元の友達が僕に漫画を大量に持ってきてくれて、リアルとか井上さんの漫画と一緒に富樫氏のHunter×Hunterは潜んでいました。

 

僕はそもそも漫画が得意ではない。

 

ドラゴンボールスラムダンクが読めたのは名作中の名作であったのは無論であるけども、完全版という型破りなverだったからでもあるかもしれない。

 

僕が読んだHunter×Hunterは普通の単子本サイズではあったが、入院という身動きの取れない退屈で生きていた僕は容易に漫画に手を伸ばすことができた。

 

僕の中でHunter×Hunterは衝撃だった。

 

ただのバトル漫画かと思っていたが、

 

人間の心理描写

キャクターごとの葛藤

 

少年漫画とは思えないほどのクオリティと奥深さだった。

これを伝えてくれる人が周りにあまりいなかったから僕は読まなかったのか、それを感じ取れるほどの人生経験が未熟だったのかはわからない。

 

僕のHunter×Hunterとの出会いはさておき・・・

 

Hunter×Hunterのアニメが放送されることになった時 ぼくはとても喜んだ。

 

幻影旅団の激しいバトル

キメラアント編の激しいバトル

 

どうしても激しく動くバトルを動く絵で見たくてずっと録画してきた。

 

中でも一番楽しみにしていたのが、やはりキメラアントの突入編だ。

ゼノのドラゴンダイブから始まり、頭脳で戦うモラウとか ナックルとユピーのギリギリの攻防とか、究極はネテロ会長の百式観音。

 

そして先日、ついにキメラアント編もフィナーレを迎えた。

 

映画やドラマではほとんど涙を流さず、流す前にグッと堪えて終るの僕なのだが、コムギとメルエムの最後のシーンは気付いたら涙が出ていた。

 

何年振りにテレビで泣いただろうとは思いつつ、なぜ涙が出たのかというのを どうしても論理的に追いたくなった。

 

涙の理由として

 

まず、王 メルエム という 全知全能である存在 が 世界を征服できるほどの力を持った 王 が 死ぬ間際に下した決断が コムギと一緒にいるという決断に至ったことである。

 

ネテロ会長が ”奴は人と蟻とで揺れている”というセリフを言っていたが、最後にメルエムは”人”となったからだ。

 

そのあとに流れる二人だけの時間、スピッツで言うと二人だけの国の幸福感は例えアニメという 模倣だとしても じわじわと伝わってきた。

 

メルエムは言いました。

・・・そうか、世はこの瞬間のために生まれてきたのだと

 

コムギが「こんなにわたしが幸せで良いんでしょうか?」と涙を流していた。

そして「ワダスはきっとこの瞬間のために生れてきた。」と言いました。

 

愛し合っておるのです。

蟻の中ではじめて 愛を表現しました。

 

滅私して王への完全なる忠誠を誓ったユビーはまさに蟻そのもので、ピトーも死ぬ間際でも王の存在を気にしてゴンに殺された。つまりは蟻。

プフも、すべては王のためにと動いていて王を忠誠することで自分という存在を認識していたように思うえる。

 

王の中での護衛軍であり、王という絶対的なものが存在することで自分が存在すると認識する。

 

しかし、王 メルエムはどうだったか。

 

コムギに最後に”呼び捨て”で読んでもらうように頼んだ。

それは、王としてのメルエムではなく、 個としてのメルエム であった。

 

らしい言葉を言えば、アイデンティティ

 

人間界で言えば、能力がある人、才能のある人が 最終的には 人に愛されるために個として認めてもらうために愛されるために この瞬間のために 生れてきたと認識した

 

と言ったところになぜか感動したのである。

 

僕は羨ましいと思っている。

 

負けてしまったW杯の日本代表だって、世界中の人が時間を割いて応援してくれる。

そのステージにいることが羨ましいと思っている。

 

有吉のおもしろさといいフォロワーの多さだって羨ましいと思っている。

キムタクのあのイケメンさといい、女子からの大人気なところも羨ましい。

 

僕は自分にないモノを羨み、成功や知名度 に 幸せがある と 思ってしまう節がある。

 

でも、本当はそうじゃない。

 

自分の大切な人に愛されることこそが、本当に自分が幸せを感じることなんだと。

 

そう気付かせてくれた。

 

でも、これは 全知全能の 王メルエム が この境地に辿りついたからこそ、僕はそう思う事が出来た。

 

これがもし、普通の人だったらここまでは感動しないのかもしれない。

 

そして、軍議以外の取り柄が無かったコムギもこの時のために産まれてきたと言っていて 大好きな軍議を通して 究極の対戦相手と出逢えて 究極の一手を打ててこれまでに感じた事の無い自分を見つけて この時のために産まれてきた と言っていました。

 

この僕の中では衝撃的な記事を思い出しました。

 

芥川賞を受賞した小説家が語る「自分を愛するということ」 | GUUTEX

 

”人を愛するということは自分を愛するという事”

 

いつしか、人生の中で ”自分はなんのために産まれてきたんだろう” という問題にぶつかります。

そして僕もその中の一人でした。

 

いくら、考えてもその答えは出ずに その難題からかもしだされる妙な空虚感にさいなまれ続けていた時期がありました。

 

でも、それはきっと 他者の中 に答えがあります。

ありのままの あなたを受け入れられたとき はじめてそれを見つけます。

 

それは会社の中のあなたではなく、地位とか名誉の中でのあなたではなく、社会の中のあなたでもなく、 個としてのあなた として愛されたときにそれが見つかります。

 

メルエムは全知全能で生態系の中でも頂点であり 王 でしたが、彼はその王である自分ではなく、メルエムという人間 を 愛してほしかった。

 

それが呼び捨てにして呼ばせた理由だったのでしょう。

 

人は愛されるために生まれてきた。

 

生きる意味を探した時にこの答えはまさに的を得ていることでしょう。

 

そして僕には、彼女がいません。

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